在日朝鮮人の街

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ここで言う在日朝鮮人の街とは下関である。ここの人口の1%はそうだ。日本に帰化した人は省いてるから実際には数%だ。この傾向は宇部や小野田でも見られる。自分が疑問に思うのは「安倍晋三氏は何故、下関で在日も含めた高い支持を得たのか」と言う部分である。

引用

下関の風景も象徴的でしょう。僕は現地で取材して『安倍三代』にも書きましたが、山口県下関市にある安倍の邸宅や事務所は、もともとパチンコ店を営んでいた在日コリアン実業家の土地だったんですね

もちろん安倍晋三が手に入れたものではありません。彼にそんな才覚も懐の深さもあるはずがなく、父である安倍晋太郎が地元で在日実業家の熱心な支援を受けていたからです。その実業家はのちに帰化し、すでに亡くなっていますが。

せっかくなので安倍家のルーツを簡単におさらいすると、晋三の父方の祖父に当たる安倍寛が政治家として最初に国政進出を果たし、1937年の総選挙で衆議院議員に初当選しました。安倍家は日本海に面した小さな漁村で代々醸造業を営んでいましたが、安倍寛は村長などを務めて地元の人びとの厚い信頼と支持を集めていたようです。

引用終わり

ここで自分は「安倍晋太郎は李晋が安倍寛により養子された」という情報を思い出す。李というのは朝鮮の王朝であり、そこの王子として日本の皇室女性と結婚し作った子供の一人が李晋であり、この子供が安倍家の養子になったと言う主張がある。もしそうなら晋太郎と晋三が持つ晋という漢字の意味がわかるし同時に下関の在日が安倍家を支持した理由もわかる。

他方で在日の支持を得たのだから安倍晋三氏の政策は根本的な部分で親朝鮮だったと考えることもできる。それが何かと言うと統一教会の目標が「総理を生み出す」ことにあった部分かも知れない。

安倍晋三氏が統一教会と深く結びつき選挙の采配を取ったのは事実であり、統一教会が日本で自分達の影響力の及ぶ政治家を作り最終目的として総理を生み出すことを目的としていたのは事実だ。

我々は安倍晋三氏と言うと愛国保守の政治家だと思う。しかし下関の在日あるいは帰化した日本人の票を得ていたのは事実だ。彼の本当の姿を探さないといけない。

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