私の大学でのゼミ教師は蠟山昌一だった。この東大卒の学者が大阪大学に来て多くの貢献をした。自分は70年代後期の蠟山の授業を思い出すのだが、そこには奇妙な日本バブル崩壊があった。蠟山は日本のバブルが生まれ日本の銀行がダメになると固く信じていた。その蠟山の信念が10年後、奇妙に日本で再現された。実際、自分は蠟山はスパイだと思ってた時期もあった。だが先生の日常生活を振り返るととても外国のスパイをやるように思われなかった。
蠟山が東大を離れ阪大にやってきたのは東大での学生運動の激しさに失望したからのようだ。蠟山は先物など金融商品に意見を持っていた。阪大に来たのも大阪証券取引所で先物やオプションを上場し商品として提供することだったようだ。この先物とオプションは1987年に実用化される。日本のバブル崩壊のわずか前だった。
蠟山が「日本の銀行はダメだしもっとダメになる」と主張してたのは彼の講義を聞いたものにはわかるだろう。住友銀行が世界の時価総額ランキング1位になっても蠟山の主張は変わらなかった。当然ながらバブル崩壊後は専門家として政府に登用された。
蠟山は蠟山政道というやはり東大の学者の家系のひとりだった。
自分が蠟山の家計に政道がいるのに気がついたのは林千勝氏の本だった。林氏は近衛文麿と彼を支えた人脈のなかで蠟山の名前を出している。これは偶然だろうか?偶然にしては物事が合いすぎる。
蠟山の財務省、日銀、銀行期嫌いは徹底していた。70年代、先生が攻撃モードに入ると延々、批判が繰り広げられた。彼は論文も書いた。どうも「彼ら」が蠟山の論文を読んだようだ。彼らは蠟山昌一のやることをすべてなぞって日本のバブル崩壊をおこした。
彼らとは誰か?イスラエルでありユダヤ金融資本でありFRB株主だったJPモルガンなどだった。ソロモン・ブラザーズは現在、JPモルガンに吸収されている。
この勢力が日本のバブル崩壊をしかけた。彼らは日本の太平洋戦争もしかけたようで「同じ人物と同じ役割」を求めた。ここで日本側の選ばれた人が蠟山昌一だった。
自分はそう考えるようになった。
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